2011年5月15日

綴りを信じるな

アメリカ英語のむずかしさは、移民の国を反映した発音の多様さにある。翻訳の場合には日本語にしてしまえば問題ないのだけれど、地名、人名に関してはカタカナで表記しなければならず、これが厄介だ。もちろん、原音表記しなければならないわけではなく、ローマ字読みしたってかまわないのだけれど、実在の人物となると、クレームがきたりすることもある。映画俳優時代はリーガンとされていた政治家が大統領に就任したとたんに、ロナルド・レーガンと表記の統一を求めてきたのは有名な話だ。日本人だって、小山と書いてコヤマと読むのかオヤマと読むのかわからない例もある。ヤマザキかヤマサキか、タケシかツヨシか、ユキコかサチコか、漢字を見ただけではわからないけれど、本人がどっちでもいいです、といってくれずに、わたしはこちらです、といわれる名前はたくさんある。やはり固有名詞の発音は正確にするに越したことはないのだ。そこで困るのが、綴りがまったくあてにならないということだ。
 これを初めて確認できたのは、もう30年近く前、ジョン・ブラナーの『衝撃波を乗り切れ』の翻訳のお手伝いをしていたときだった。そこにはカリフォルニア訛りとして、アクセントのないiの音が発音記号のəになると書かれ、この母音転訛が定着した例として崖を意味するprecipiceがあげられていたのだ。辞書を引けばわかるように、この単語はプレサピス(présəpis)と発音する。ブラナーはこれをカリフォルニアに特有の訛りとして紹介しているが、それで合点がいったことがある。ジェファースン・エアプレインのヴォーカリストのマーティ・バラン(Marty Balin)はレコード会社でも当初発音どおりにバランとして紹介されていた。この綴りでどうしてバランと読むのかが疑問だったのだ。残念ながら、その後レコード会社では綴りと発音の不一致に悩んだらしく、表記をバーリン、ベイリンなどと次々に変えているが、それはさておき、その後調べてみると、これはカリフォルニアにかぎったことではなく、西海岸一帯に広まっている訛りだということがわかった。SF関係だけでも、レイ・ヴクサヴィッチRay Vukcevich(オレゴン)、ゲイル・キャラガーGail Carriger(シアトル)など、多数の作家がアクセントのない音節でのiやeをアと発音している。さらに、ふつうの英単語のprecipiceが発音転訛していることからわかるように、これはどの地域でも見られる発音で、たまたま西海岸やカナダに顕著なものであるだけらしいこともわかった。考えてみれば、フランス語だってinやenはアンと発音する。デッサン(dessin)やアンサンブル(ensemble)がそうだ。ぼくは名字が小林というのだけれど、SFファンに会うといつもスター・トレックに出てきたコバヤシマルという宇宙船を連想して覚えてもらえる名前なのに、メモなどをもらうとかならずといっていいほど、Kobiyashiと書かれる。もっとひどい例は、南部音楽の一つのザディコで、これはフランス語のレザリコーLes halicotsが語源だとされているのだけれど、彼らが表記するとzydecoとなってしまうのだ。ローマ字表記になじんだぼくたち日本人には思いもかけない表記なのだけれど、アクセントのない母音というのは、適当にiやyやeにして、発音はみんなアにするというのが、移民の国のやり方らしい。だから、アメリカ人の名前の綴りは信じられない。

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